見つめ合うと女子だけ成長 2

カフェでの話し合いを終えた後、四人はそれぞれの帰路についた。美咲は実家のある横浜まで、電車で40分の道のりだ。

満員電車の中で、美咲は今までにない視界の高さを実感していた。172センチメートルという身長は、周囲の女性たちよりも明らかに高い。つり革を持つ腕も、より長く、より優美な形に変化していた。

玄関のドアを開けると、「ただいま」という声に先立って、母・恵子の声が響いた。

「美咲、遅かったわね。お腹空いてない?」

「ちょっと、同期の子たちとお茶してたの」

靴を脱ぎながら、美咲は母の姿を確認した。身長162センチメートルの母は、今や娘より10センチメートルも低い。この差を気付かれないはずがない。

「あら」

案の定、母は美咲の姿を見て目を丸くした。

「なんか...違和感があるわね」

「え?何が?」

「よく分からないんだけど...」母は首を傾げる。「新しい靴?」

「ううん、いつものよ」

「でも、なんだか...」

その時、父・健一が新聞から顔を上げた。

「おかえり。研修はどうだった?」

「あ、うん。まあまあかな」

父との目が合った瞬間、また始まる。温かい波が体を包み込み、快感とともに体が伸びていく感覚。慌てて目を逸らす。

「シャワー浴びてくるね」

階段を駆け上がる美咲の背中を、母が不思議そうに見つめていた。

自室に逃げ込んだ美咲は、すぐにメジャーを取り出した。

173センチメートル。

また1センチメートル伸びている。

スマートフォンを取り出すと、同期たちとのグループLINEが既に作られていた。

中村:『実家暮らしの人、家族には気付かれた?』

井上:『私は一人暮らしだから大丈夫』

佐藤:『母に「姿勢がよくなったね」って言われた...』

美咲は画面を見つめながら、ため息をつく。返信を打ち込む。

美咲:『父と目が合った瞬間、また変化が...』

中村:『えっ!家族とも!?』

佐藤:『私も弟と...』

井上:『これって、全ての男性と目が合うと起きるってこと?』

その時、ノックの音。

「美咲、お風呂沸いたわよ」

「あ、はーい」

急いでスマートフォンを隠す。母がドアを開けた時、美咲は窓の外を眺めるふりをした。

「その...美咲」

「何?」

「最近、なんだか綺麗になったわね」

母の言葉に、美咲の心臓が跳ねる。

「特に今日は、なんていうか...モデルさんみたい」

「そ、そう?」

「ねえ、何かあったの?新しい美容法とか、始めた?」

「別に...普通に過ごしてるだけだよ」

嘘をつく自分に、罪悪感を覚える。しかし、この変化を説明する方法はない。

「そう...」

母が立ち去った後、美咲は全身鏡の前に立った。確かに、変化は明らかだった。身長だけでなく、全身のプロポーションが整っている。ウエストは更に細くなり、脚は長く美しい曲線を描いている。顔立ちまでも、より整っているように見える。

スマートフォンが震える。新しいメッセージだ。

井上:『明日の研修、何を着ていけばいいと思う?』

中村:『私、スーツがきつくなってきた...』

佐藤:『私も...』

美咲はクローゼットを開け、自分のスーツを確認する。もはや明日着ていけるものは、一着もない。

美咲:『今から新宿に買い物に行く人いる?』

返信は即座に来た。四人とも、同じ考えだったようだ。

夜の街へ出かける準備をしながら、美咲は明日への不安を感じていた。果たして、この変化はどこまで続くのだろうか。そして、いつまで隠し通せるのだろうか。

午後8時、新宿駅東口。待ち合わせ場所のカフェの前で、美咲は他の三人を待っていた。急いで買った新しいジーンズは、ウエスト55センチメートル。それでもやや緩い。ニットのワンピースは、もはや適切な丈とは言えない長さになっていた。

最初に到着したのは井上だった。

「わぁ...」

互いの変化を目の当たりにして、二人は言葉を失う。井上は162センチメートルから165センチメートルに伸びていただけでなく、全身のバランスが整い、まるで別人のような美しさを放っていた。

続いて中村と佐藤も合流する。四人とも、数時間前とは明らかに違う姿になっていた。

「とりあえず、ルミネに行ってみない?」
中村が提案する。

「でも...」佐藤が心配そうに言う。「男性店員さんとかいたら...」

「そうよね...」

考えあぐねていると、井上が思いついたように声を上げた。

「あ!私の友達が働いてる婦人服専門店があるの。女性スタッフしかいないんだって」

新宿三丁目の裏通りに、小奇麗なブティックを見つける。『Maison Elise』という店名。予約制のアパレルショップだが、井上の知人という関係で特別に入店させてもらえることになった。

「いらっしゃいませ」

店内には30代後半くらいの女性店員が二人。井上の友人・木村麻衣と、もう一人のベテラン店員・高橋さんだ。

「由美ちゃん、久しぶり!」と麻衣が笑顔で迎えてくれる。「あら?なんだか印象が変わった?」

「あの...実は、明日までに新しいスーツが必要で...」

事情を説明すると、二人の店員は理解のある表情を見せた。

「最近、そういうお客様、増えてるのよ」
高橋さんが静かな声で言う。
「若い女性で、急にサイズが変わったって方が...」

四人は顔を見合わせた。この現象は、既に広がり始めているのかもしれない。

店内の照明は優しく、クラシック音楽が流れている。高級ブランドのスーツが、サイズ順に美しくディスプレイされていた。

「まずは採寸させていただきますね」

高橋さんがメジャーを取り出す。美咲が最初の"被験者"となった。

「えっと...身長173センチメートル、ウエスト54センチメートル、ヒップ89センチメートル...」

「スリーサイズ、理想的な黄金比になってますね」
麻衣が感心したように呟く。

続いて他の三人も採寸。

「素敵なプロポーションですね、皆さん」
高橋さんが微笑む。
「ただ...」

「何かあるんですか?」

「この1週間で、同じような体型のお客様が急に増えて...在庫が少し心配で」

しかし、幸いなことに、ちょうど新作スーツが入荷したところだった。シンプルながら上質な生地で仕立てられた黒のパンツスーツ。通常価格は12万円だが、特別価格として7万円で提供してもらえることになった。

試着室に入る時、美咲は不安そうに麻衣に尋ねた。

「あの、試着中に...その...もし、サイズが変わったら...」

「大丈夫」麻衣が優しく微笑む。「少し大きめをお選びしましたから」

試着室のカーテンを閉める。全身鏡に映る自分の姿に、美咲は息を呑んだ。女性店員との接客では変化は起きないものの、これまでの変化は明らかだった。すらりとした脚、クビレたウエスト、整った顔立ち。まるでファッション誌から抜け出してきたモデルのよう。

「サイズ、どうですか?」
カーテン越しに高橋さんが声をかける。

「はい、ちょうど...いいみたいです」

他の三人も同様に試着を済ませ、支払いを終えた頃には、夜の10時を回っていた。

「明日も頑張りましょう」

別れ際、四人は互いに微笑みかける。不安は消えていないが、少なくとも一人ではないという安心感があった。

帰りの電車の中で、美咲は買ったスーツの袋を抱きしめながら考えていた。変化は確実に続いている。そして、彼女たちだけではないらしい。明日はどんな一日になるのだろう。

スマートフォンの画面に、新しいメッセージが届く。見知らぬ番号からだった。

『私も、同じです。助けていただけませんか?』

電車の揺れの中、美咲は見知らぬ番号からのメッセージを見つめていた。

『私も、同じです。助けていただけませんか?』

グループLINEに転送しようとした時、続けざまにメッセージが届く。

『申し訳ありません。Maison Eliseで、皆さんの会話を少し聞いてしまって...』

『私、今日だけで7センチメートル伸びてしまって...』

『どうしていいか分からなくて...』

美咲は深いため息をつき、返信を打った。

『今どちらにいらっしゃいますか?』

即座に返事が来る。

『まだ新宿です。カフェで一人で考え込んでいます。』

グループLINEを確認すると、中村と井上はまだ新宿駅周辺にいるという。佐藤は既に自宅に向かっていた。

美咲:『会ってみましょうか?』

相手:『本当ですか?ありがとうございます...』

美手:『ルミネ1階のスターバックスはご存知ですか?』

相手:『はい。15分ほどで行けます。』

中村と井上にも連絡を取り、三人で待ち合わせることにした。

午後11時近く、店内は予想以上に混雑していた。奥のソファー席で待っていると、背の高い女性が入ってきた。身長180センチメートルはあるだろうか。黒のワンピースが、明らかに短くなっている。

「あの...」
震える声で話しかけてきたのは、見覚えのある顔だった。

「森田さん!?」
美咲の声が上ずった。同じ会社の広報部に配属された新入社員。昨日の入社式で見かけた時は、確か165センチメートルくらいだったはず。

「山田さん...」
森田遥香の目に、涙が浮かんでいた。

「座って」
中村が優しく声をかける。

「私...今日の午後から急に...」
森田は震える手でスマートフォンを取り出した。
「3時:165cm、4時:168cm、5時:172cm、6時:175cm...」

「そんなに急激に?」
井上が驚いた声を上げる。

「はい...広報の仕事で、撮影が多くて...カメラマンさんと目を合わせる機会が...」

「カメラマンさんは男性だったの?」
中村が尋ねる。

「はい、三人とも...」
森田は顔を覆い、肩を震わせた。
「帰りの電車で、Maison Eliseの前を通りかかって...皆さんの話が聞こえて...」

「大丈夫よ」
美咲は森田の手を握った。
「私たちも同じだから」

「でも、この変化...いつまで続くんでしょうか」
森田の声には不安が滲んでいた。
「明日も撮影があるんです。このまま伸び続けたら...」

「明日は、新しい服を着ていけばいい」
中村が言う。
「それに、私たちがいるから」

「そうよ」
井上も同意する。
「情報を共有しましょう。何か対策が見つかるかもしれない」

その時、森田のスマートフォンが震えた。

「広報部の先輩から...」
森田は画面を見て、目を丸くする。
「同じことが起きているって...」

4人は顔を見合わせた。この現象は、確実に広がっているのだ。

「SNSでハッシュタグを作りませんか?」
井上が提案する。
「同じ経験をしている人たちと、もっと繋がれるかも」

「でも、目立ちすぎない方がいいかも...」
中村が心配そうに言う。
「まだ、原因も分からないのに...」

「そうね」
美咲は頷く。
「とりあえず、クローズドなグループを作りましょう」

深夜0時を回る頃、彼女たちは情報共有のためのグループを立ち上げていた。名前は『Change Sisters』。

森田のスマートフォンが、また震える。
「あの...先輩が、今から会いたいって...」

美咲は時計を見た。終電まで、あと1時間もない。
しかし、この状況で一人で悩む人を見過ごすわけにはいかない。

「会いましょう」
美咲が決意を込めて言う。
「私たちにできることがあるはず」

夜の新宿の街で、新たな仲間たちとの出会いが、始まろうとしていた。

深夜0時15分、新宿のルミネ前。人の流れは徐々に少なくなっていたが、まだ多くの会社員たちが行き交う。そんな中、一際目を引く長身の女性が二人、彼女たちの元へと歩み寄ってきた。

「森田さん」

声をかけてきたのは、広報部の主任・鈴木真理子。その隣には同じく広報部の神崎美咲主任の姿があった。二人とも、スーツからロングコートに着替えているものの、明らかにサイズが合っていない。

「先輩...」

森田が声を詰まらせる。鈴木主任は185センチメートルはあるだろうか。モデルのような均整の取れたプロポーションで、足首が露わになったパンツスーツの下から、美しい脚線が覗いていた。神崎主任も180センチメートルを超えている。

「私たち、場所を変えましょう」
鈴木主任が周りを見回しながら言う。
「目立ちすぎるわ」

深夜営業している小さな居酒屋の個室に入ると、全員が安堵のため息をついた。6人がやっと入れるスペースだが、この身長では窮屈だ。

「実は...」
鈴木主任が口を開く。
「この現象、1週間前から始まっていたの」

「え?」
5人の声が重なる。

「最初は私だけだった。先週の月曜日、海外クライアントとのWeb会議で、何人もの男性役員と目を合わせた後に...」

「どのくらい...変化したんですか?」
美咲が恐る恐る尋ねる。

「初日で5センチメートル。168センチメートルから173センチメートルまで」
鈴木主任は静かに続けた。
「その後も毎日、少しずつ。今朝は182センチメートルだったけど、今は185センチメートルよ」

「私も火曜日から」
神崎主任が付け加える。
「今日で181センチメートル」

「でも、なぜ私たちには気付かなかったんでしょう?」
中村が首を傾げる。

「広報部は別フロアだから」
神崎主任が説明する。
「それに、この1週間はテレワークを申請して、なるべく人と会わないようにしていたの」

「他にも...同じ経験をしている人は?」
井上が尋ねる。

鈴木主任は頷いた。
「広報部だけで、既に5人。営業部にも2人。でも、まだ誰にも相談できずにいたわ」

「なぜ今日、私たちに連絡を?」
美咲が聞く。

「森田から連絡があって、Maison Eliseの話を聞いたから」
鈴木主任の表情が曇る。
「実は、あのお店のオーナーも、同じ現象を経験しているの」

「木村さんたちも!?」

「ええ。今や身長190センチメートルよ。だから、同じ体験をしている女性たちのための特別なサイズの服を...」

その時、神崎主任のスマートフォンが鳴った。
「また一人...システム部の後輩から連絡が」

「この現象、どんどん広がっているんですね」
森田の声が震える。

「そうね」
鈴木主任は深いため息をつく。
「でも、まだメディアは気付いていない。気付いたとしても、報道するのを躊躇しているのかもしれない」

「先輩は...どこまで伸びるんでしょうか」
美咲が恐る恐る尋ねる。

「分からないわ」
鈴木主任は窓の外を見つめる。
「でも、ここ2日ほど、変化のスピードが遅くなってきている気がする。まるで...何かの目標値に近づいているみたい」

「目標値?」

「ええ。私の場合は185センチメートルあたりで、変化が緩やかになってきたわ。神崎さんも180センチメートルを超えてから...」

「それって、人によって違うんですか?」
中村が身を乗り出す。

「そう思うわ。年齢や、元の身長によっても違うみたいね」

深夜1時を回り、店内の喧騒も徐々に落ち着いてきた。

「明日から、どうすれば...」
森田が不安そうに呟く。

「まずは、情報を共有しましょう」
鈴木主任が決然とした表情で言う。
「そして、お互いをサポートする。会社には、私から話をしてみる」

「でも、世間には...」
井上の声が途切れる。

「その時が来るまで、できるだけ目立たないように。でも、隠し続けることはできないでしょうね」
神崎主任が静かに言う。
「この変化は、きっと何かの始まりなのよ」

帰り際、鈴木主任が全員にメッセージアプリのアドレスを渡した。

「24時間体制で連絡が取れるようにしておきましょう」

夜の街に別れて行く6人の姿は、既に異様な光景だったかもしれない。しかし、この夜の出会いが、彼女たちの運命を大きく変えることになるとは、まだ誰も知らなかった。